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HImagination Gallery

徒然なるままに、思ったこと感じたこと考えたことを露悪的に羅列していくものです。

単一的視点と多面的自己

雑記
  ぼくのような人生を送っていると、自分の「本質」と言いますか、そういうところが割と曖昧としてくるなぁと日がな思っています。HImagineです。
  こういうテイストの、ぼく個人の考えを書いていく文章を書くのは久しぶりで、勝手を忘れている感じなんですが、まあその内思い出してくると信じて進みたいと思います。ぼくが一番、信用ならないと考えているのは他ならぬぼく自身なのですが。

  先ほど「本質」の話をしましたが、そもそも人間に「これだ」と言えるような「本質」とか「核」みたいなものってあるんでしょうか? いや、もしかしたらあるのかもしれませんけど、人間って、そんな一言で表せるような単純なものなんですかね? ぼく個人としては、何か嫌なんですが。
  人間――というか、人間性あるいは人格――って、色んな要素が合わさって出来てると思うんです。解りやすさ重視でぼくを例に挙げますけど、ご存知の通りぼくは多趣味です。ぼくは「ラブライバー」だったり「ごちうさ難民」だったり「ジョジョラー」だったりする。もちろん、それら以外の存在でもあります。
  ですがそれらの要素は、若干自分でも矛盾に思いつつも、まあ一応は「HImagine」という一個の中に在ります。ぼくにしてみれば、その全てが「ぼく」であり、そこにあまり優先順位とかはなく、仮にあっても、それはかなり流動的なものなんですよね。何かのきっかけで簡単に入れ替わってしまう。
  確かにぼくは、他人に輪をかけてたくさんの作品が好きです。ただ、人間一人を語るのに「一言」で済んでしまうなんて、おかしい。違いますかね? 散り散りのアイデンティティはまずいですが、かと言って固定化された「個性」を頑なに保つと言うのも、また無理がある気がします。

  しかしながら。
  得てして人間は、他人のある一面だけを切り取り、それを「個性」として固定化して……月並みな表現ですが、「レッテルを貼る」ということをしますよね。「様々な視点から物を見よう」「広い視野を持とう」なんて言っても、それができれば苦労しません。こういう言葉は「できない」からこそ言われるものなのですし。
  ならば、この生きづらい世間でぼくらはどうすれば良いのか?
  ここからは私見ですが――必要なのは「自信」だと思います。「私とはこういう人間であり、私はこれで良いのだ」という自己肯定。それを持ち続ける限り、周囲の目によって自己が殺されることはないはずです。
  多様な自己を認めること。他人が信じてくれないなら、自分で自分を慰めるしかないでしょう?
  それが虚しいソロプレイだろうと、続けていれば、いつか誰かと解り合える。人と人とは惹かれ合う。そう思ってなきゃ、生きるなんて面倒なだけになってしまう――そんな気がするのは、ぼくだけなんですかね?

  ……何だか感傷的な文章になりました。おかしいな、もっとブッ飛んだことを冷静に語るのが、ぼくのスタンスだった気がするんですが。
  まあ所詮、全ては変化し続けるのですから、これもまた一つの諸行無常なのでしょう。それを虚しいと断ずるか、愉快と受け入れるかは人それぞれ。その価値観だって、いつかは変わるものなのですから。


2016/1/19
Presented by HImagine