HImagination Gallery

徒然なるままに、思ったこと感じたこと考えたことを何とはなしに羅列していくものです。

イロドリミドリ LIVE'17 ~第1話「Still Going On!!!!!!!」~ レポ的な何か

  どうも、イロドリミドリおじさんでお馴染みHImagineです。
  幸運かつ優秀なる友人のおかげで、無事にイロドリミドリ1stライブに参戦できました。この場を借りて感謝を。
  今回は、一応ライブに参加した者の義務というか、内容をざっくり……本当にざっくりですが、レポという形で書いてみようかと思います。

・書き殴りじみた文体
・基本的に感想オンリー
・筆者のライブ経験がほぼ皆無
・後ろの方で平和に楽しんでいただけの記録

  これでもよろしければ、ゆっくりしていってね!!


  開演前のラブリズム。
  言わばファン側のリハーサルと化していた。みんな曲しっかり聞いてるんだなと感動した瞬間。
  なお、その段階で喉の大部分を潰してしまった模様。失策。

  しろにゃのMCかわいい(小並感)。

  せりなる劇場。
  この二人の曲はとにかくブチ上げてくタイプなので、この時点で両腕が限界に。以降はしきりにブレードを持ち変えながら腕を振っていた。
  カレーという名のDJブース登場にはたまげた。とぱぞ乱入まで見えたがさすがにそれはなかった……残念。
  実際にM・A・OがDJをするのは圧巻の一言。メニューを持ったえみつんの寝言もかわいかった。インド人を右にぃぃぃ!!
  ブースに乗ったままの退場に一同笑い。

  お次はなずなる。
  今回ソロ曲に限らず、躍りに力が入っている印象。ちゃんなぎ動きキレッキレやん……。
  ソロ曲披露のあと、高座でおしゃまを一席。我々は品川から来た。いいね?
  おしゃま曲が尊い上に、二人のピンクとブルーの羽織がかわいいのなんのって。「笑わないでお願い~」からの背中合わせは涙腺を刺激する。
  高座に乗ったまま退場。流行りかなんかなのかこれ。

  あーりんソロ。
  あーりんの曲は、ガッチガチの硬派なロックンロールなので嫌でも心拍数が上がる。バンババンバン、とてもカッコ良かった。

  ここで二年生が勢ぞろい。
  楽屋でのババ抜き談義のあと、いよいよ本命「Help me, あーりん!」が来る。本家同様みんなで参加できる曲であり、コールも入れやすいので実に盛り上がった。

  まあ1stという事情もあり、何だかんだみんな手探りで参加していたワケで、そういう意味でアレンジ曲はやりやすかったのかな、と。

  その後、入れ替わりでなるなぎ登場。めっちゃ叫んだ。
  ところで二回目の「バーカバーカ」の時、なるが「ちゃんなぎに罵られたいヤツ~?」と聞くのだが、そのときは「バーカバーカ」を放棄してでも「はぁぁぁぁい!!!!」と答えるべきだったか。周りもどうしようか迷ってる風で少しおかしかった。

  真打ち登場、月鈴姉妹。
  猛進はリズムがアレなので、腕振るのはかなり手探り状態。今村お姉ちゃん的には、あんなんでも満足だったらしいので安心。
  一方のMy Dearest Songはだいたいまりんかのかわいさで全てを解決。間奏での「もっと声をくださぁい!」の必死さには全員が心打たれた(はず)

  姉妹の時間はかなり多め。イロドリミドリを尊いと語り、もっと広めたいと願うしろにゃ=まりんかは控えめに言って最THE高。
  お姉ちゃんと気が合う(好きな曲など)一方で、五七五を無茶振りで要求したり、意外とお姉ちゃんへの対応が塩だったりとなかなか面白いやりとりでした。

  夢と夢。もはや言葉もいらない素晴らしさがあった。最後に二人で手を合わせるとこなんてもう……思い出して泣きそう。
  だが一つ言うぞ。始まる前に「初見フルコン余裕」とか言ったヤツ何なん?  アタ5だぁ?  ホント腹立たしかったわ。

  気を取り直してあねぺったん。マジでフェニックスあるとは思わなかった。お姉ちゃんもイッキしちゃうし。
  曲の方は……言わなくてもわかるよな?  実にカオスでした。楽しかったけどね。

  一通りソロ・デュエット・トリオ曲が終わり、まずは5人の曲から。順番としてはミライ→ドキドキ→無敵。
  無敵は合いの手が指定されたため、みんなで「ワン!」とか「ハイ!」とか叫んでました。ああいう一体感こそがライブの醍醐味だと思うの。

  続いて「最後」と銘打って月鈴姉妹を呼び、MVP編の総決算であるStillを披露。
  これが神曲なのは言うだけ野暮なので衣装について。今回初登場のStill衣装、なかなか再現度が高くて意匠も細かかった(ヘソ出しは厳しかったらしいが……)。

なる「Cross」
(襟元の×マークについて)

  どうでもいいけどアンコール長すぎじゃありませんでした!?
  アレだけで体力だいぶ使わされたんですが……。

  アンコール。全員ライブTシャツに着替えて再登場。文字に個性があって良かった。
  ここまででやってない曲はラブリズムとSession Highのみ。まず5人が出てきたため、始まったのはラブリズム。開演前のリハーサル()の成果もあって、恐ろしいほどの盛り上がり。途中からは月鈴姉妹も参戦して……いや、あの熱気は異様だった。マジで。

  コール字幕のAJC表記、初見だったのでかなり笑ってました。

  最後はSession High。もはやレポ放棄で申し訳ないが、この時自分は何も考えられなかった。

  声が出ているのかわからないほどに叫んで。
  腕が千切れそうになろうとがむしゃらに振って。


「ああ、ぼくは本当に、イロドリミドリが好きなんだ━━」


  次があるなら、今度は最初から、みんなで歌いたいと彼女たちは言っていた。
  その姿を見たいと、ぼくは心の底から思うことができて。
  それだけで、このライブに参加した価値があったと、ぼくは自信を持って言えます。


  ……とまあ、いかがでしたでしょうか。
  まあレポっつーか最後なんかポエムじみてましたが、これがぼくの正直な気持ちです。
  とにかくぼくはより一層、イロドリミドリを応援していく所存です!  うまく締められそうにないので、とにかくこの辺で筆を置かせていただきます!

  それではまた、どこかで。


Presented by HImagine
2017/11/6

イロドリミドリSS執筆後記

※本記事は、文字通りの「思考の垂れ流し」です。備忘録を兼ねた、箇条書きの文字列に過ぎないことをあらかじめ断っておきます。


考えてみたら、今まで百合SSばかり書いていたせいで、多人数を同時に描くことに慣れていなかった。そのため、なずな先輩の描写が圧倒的に少ないという指摘も受けてしまった。
文章そのもののボリュームもそうだが、せりなると月鈴姉妹以外のメンバーにももう少し筆を割いてやりたかった。後々の指針として、次に全員を書くようなことがあれば気をつけたい。

「○○が○○する話」というタイトルは、ラジオドラマないしドラマパート特有のものだったりする。要するに「イロドリミドリ」のストーリー上、本筋とはやや外れた話だということである。今回の「月鈴姉妹がせりなスペシャルを食べに行く話」も、執筆においてはそこを念頭に置いていた。
多人数を描写する上で、視点を移しやすい三人称を選んだこと自体は悪くないと考えている。今回の主役はとにかく月鈴姉妹だったため、彼女らの主観と客観を双方向から書けた、という点では成功したと自画自賛してみたり。
ただ、ドラマならではの軽妙なやりとりという点では、箱部なるという、登場するだけで一種のネタとなるキャラに頼らざるを得なかった。というか三人称の地の文は、根本的にギャグ路線に向いていないのである。
まあ書き方の試行錯誤は、追々していくとしよう。ネタだけならまだまだあるわけだし。

今更なのだが、各キャラの(チュウニズムにおける)ストーリーを読破していないことに気付いた。
一人称の表記など、差異を発見し次第修正していきたい。


以下、イロドリミドリ東方コスプレに対するくだらない考察。

御形アリシアナ→八意永琳
まあ曲を考えれば当たり前である。髪の長さやらスタイルやら、曲名まで「Help me, ARINNNNNN!!」にならなくて良かったねと。
胸元が無防備なのはいつものことだが、えーりんが東方界隈でゆかりんに次ぐBBA枠なのを考えると、何となく複雑。

明坂芹菜→蓬莱山輝夜
どう見てもヅラです、本当にありがとうございました。
アグレッシブ極まりないヒキニートもいたものだなぁと。恐らくは消去法で決まったコスプレ。ゆえに特に言うこともない。

天王洲なずな→因幡てゐ
胸部に圧倒的な違和感を感じる。性格的なマッチがあるわけでもないので、色のイメージによるところが大きいのだろう。とはいえ芹菜がこちらを担当するのはもっとおかしいので、致し方ない部分はあると思う。
どうでもいいが、うどんげがいないのは恐らく「コスプレ感が足りない」という理由だと考えられる。

箱部なる→チルノ
誰がどう考えたってそうなると思われる。
なのでコスプレそのものに言及すると、完全に「はいてないようにしか見えないのですがそれは。めくれすぎな太ももが劣情を誘うとかHisashiマジ神。
あと、妖精のくせになかなか立派なものをお持ちである。リグルかな?

小仏凪→博麗霊夢
ここで突然の霊夢コスなのは、後の魔理沙コスとの対比なのだろう。コスプレするキャラとの関係とか、そういうのが欠片も存在しないのはいい加減察するべき。
とはいえちゃんなぎ、霊夢巫女装束の利点を活かしすぎである。腋とそこから覗くサラシ、何より生足。ジト目もあるよ!
ちゃんなぎのポテンシャルはやはり異常(意味深)。罵られたい…

月鈴那知→伊吹萃香
みんな大好き酔っぱげ幼女である。なちぺったん。
月鈴姉妹についてはHisashiがあまり工夫をしておらず、コメントしづらいのだが、このコスプレ以外だったら訴訟案件と化していたのは間違いあるまい。

月鈴白奈→霧雨魔理沙
みんな大好きまりまりさー!  別にぺたってほどじゃない。二年生が異常なのである。
とはいえ通常立ち絵(座り絵)だとサイズがわかりづらかったので、晴れて疑惑が払拭された感じか。
どうでもいいが、あねぺったんに「風評被害という歌詞があったり、コスプレキャラが魔理沙萃香なのは何か作為があるのだろうか…
???「ココアはやっぱりバンホーテンのものを使ってるのかな?

HImagineが考える『ラブライブ!サンシャイン!!』

  何かを考える、という行為は頭を慣れさせておかないとどんどんできなくなっていくらしく、そういう意味で脳の錆び付きを切実に感じてます。HImagineです。ちなみに「ひまじん」と読みます。
  ぼくが何者かという点ですが、単に「ラブライブが好きなやつ」という認識で十分です。ただ書きたくなることがあるから文章を書いた、それだけに過ぎません。
  文章を書くことを半年以上も忘れていたため、これを書くにあたって読みづらいところもあるかもしれません。その辺りについては、ご意見いただければ改善したいと思っております。
  さて今回は、ぼく自身の『ラブライブ!サンシャイン!!に対する考えの表明をしたいと考えています。このコンテンツを楽曲・キャラとキャスト・アニメの各要素に分けて、自分が感じているままのことをつらつらと述べていきます。

  この文章に論理性はあまりありません。ぼく個人が思っていることを並べていくだけなので、感性に依るところが大きくなっています。しかしながら、人間が決して理詰めだけで生きているわけではないこともまた、事実です。
  これは誰かを納得させようとするものではなく、「ぼくはこう思っている」というただの感想に過ぎません。
  長くなりますが、どうか最後までお付き合いください。


・楽曲
  ぼくが一番好きな曲はStrawberry Trapperなんですよ。
  さて。サンシャインになってから、楽曲の力が弱いように思える…という印象は、残念ながら自分にもあります。その理由は、ひとえに歌詞の弱さだとぼくは考えています。感覚的な物言いを許していただけるなら、

「耳・心に残らない」

ということです。
  口ずさみたくなったり、聞くと涙が出そうになったりするような曲が少ない。フレーズの使い回しやメッセージ性のなさが、特にアニメ出身曲に感じられました。ススメ→トゥモロウ枠としての決めたよHand in Handは力不足だ、というのが本音です。
  キャストの項で後述しますが、ユニットそのものが歌って踊ることを前提に組まれているため、歌の個人差が(特に初期曲で)大きかったμ'sに比べて聞き心地は良いです。しかし楽曲の側が、Aqoursの利点である「育ちの良さ」を活かしきれていないように思えてなりません。色んな方向性の歌を出す、というスタンス自体は悪くないですが、それゆえに「Aqoursらしさ」をほとんどの楽曲から感じられません。

  ……この「Aqoursらしさ」とは何か?  という点こそが、ぼくのサンシャインに対する最大の疑問になっていますが、それについてはアニメの項や最後のまとめで述べたいと思います。


・キャラとキャスト
  この二つは本来、独立しているものではないと考えています。
  これが『ラブライブ!』でないならば、そんなことを言ったりはしません。声優さんは様々な作品で様々なキャラを演じるのですから、声優―キャラ間の繋がりはそこまで強くありません。
  しかし、このコンテンツは『ラブライブ!』の名を冠しています。その最大の特徴は「アニメとリアルの融合」であるはずです。しかしながら現状は、キャスト側のプッシュがどうにも強すぎる気がします。

  少しキャラの話に移ります。
  現状、ぼくはサンシャインの推しを確定できていません。理由は色々ありますが、その中の大きな一つとして、どの娘についても「決め手」と成りうる要素を感じられない、というのがあります。
  これが一概に悪いとは思っていません、むしろ良いとぼくは考えています。何だかんだでキャラのアクが強く、人によって好き嫌いの区別が生じがちだったμ'sに比べ、魅力という点ではむしろ勝っているとも言えるのではないでしょうか。
  しかし、あと一押しが足りない。
  世の中にG'sマガジンを買ってる人間がどれほどいるか知りませんが、ぼくのように、単なるオタク趣味の延長でラブライブに触れた人間は少なくないはずです。そういう層にとって、サンシャインの世界観に触れられるのはアニメやスクフェスたまにCD程度のものです。
  その限られた情報源の中で、キャラの魅力を紹介することがどこまでできるか?  と考えると、やや限界を感じざるを得ません。

  キャスト・ユニットの話に戻りましょう。ぼくはさほど歌手・声優に詳しくないですし、正直Aqoursのキャストの方々を一人も知りませんでした。
  もちろん、それはマイナスではないでしょう。ブシロードの意向を含めた声優を用意せざるを得ず、歌もダンスも(年齢も)まちまちだったμ'sより、ライブパフォーマンスを重視した人選ができているということですから。ニコ生をはじめ、それぞれがサンシャインに対して真剣なのも、とても伝わってきます。
  また運営批判か、と思われるかもしれませんが、彼女らが作ってくれている色々な展開の基盤を、果たして活かしきれているのか甚だ疑問です。新規プロジェクトが(バレンタインSidみたいに)空中分解せず、できるだけ早くに実現してほしいなと願ってます。


・アニメ
  GODを地上波に降臨させろ(真顔)。
  アニメについてはTwitterで色々言ってますし、リプでFFの方と語ったりしてました。言いたいことは多岐に渡りますが、全部ぶちまけると自分自身がどうにかなりそうなので、ある程度絞ってお伝えしようと思います。

  最初に。
  放映当初から11話まで、延々ようちか不足で身悶えしてました。
  ……いや、割と死活問題でしたよ。これ1クールで三年生加入できんのか、とか思ったりもしてましたが、それ以上に気になってたのはようちかです。だって、それまでちかりこ祭りですよ?  当時はホントキツかった。
  花田も百合描写がやっとわかってきたのか、と思えた反面、これが限界かぁと感じてしまう脚本でした。恋愛感情があまりにもあからさまなんですよ。そんなに好き好き言うわけないじゃないですか普通。
  女の子から女の子への、恋愛的な「好き」が基本的にアブノーマルであることを忘れてはいけないと思います。常識と感情がせめぎ合う葛藤、それを含めて「百合」は成立するんです……何か本題からズレてきた気がするんで次に行きますね。

  作画とCGの質か単純に上がったと思ってます。
  技術の進歩と言えばそれまでですが、絵がキレイか、とか動きが滑らかか、といった要素は「アニメ」にとっては最重要なファクターです。作画崩壊がネタにできるのは、それが「たまに起こってしまう事故」という前提に基づいています。
  具体的な名前は控えますが、そういう事態を頻繁に引き起こすようなアニメは、単なるクソアニメに成り下がるだけです。1話きりならまだしも、それが何話も続いてしまったら救いようがありません。
  ストーリーが良く、作品的評価が高くても「作画が気に入らない」というだけで視聴率が落ちる。それがアニメというものです。そういう点での不満はあまりなかったと思います。スタッフの方はもう少し、本物のピアノを良く見ておくべきでしょうが、ね。

  最終的に「Aqoursはμ'sとは違う」という結論に至った高海千歌ですが、では最終的に、彼女らはどこに向かうのでしょうか。
  ここで、あまり本意ではありませんが、音ノ木坂の場合を考えてみます。μ'sは音ノ木坂の廃校を阻止する、という目的で組織され、それが半ば以上達成されてしまうことで、高坂穂乃果は一度スクールアイドルを挫折します。しかし、自分自身の「歌と躍りが好きだ」という想いと「μ'sの皆と最高の舞台に立ちたい」という願いが彼女を再起させ、ラブライブ優勝という目標に向かっていくことになります。
  目的意識の曖昧さ、という意味では、1期での穂乃果も千歌もさほど変わりません。ですが、ラストにおいて「スクールアイドルをやっていく意味」を見出だせたかどうか、という点では決定的に違います。サンシャインに対して妙なモヤモヤを抱えている方は、おそらくこれが気になるのではないでしょうか。サンシャインの2期に何を期待するべきなのか、それがわからない。
  少なくともぼくはそう感じました。言い方が悪いかもしれませんが、あの最終話に対して、ぼくは「マンガの打ち切り」というイメージが浮かんだのです。次の展開が読めない中での、総集編的な最終話――あるはずとは思っていましたが、ぼくが「2期ないかもな」と思ってしまったのは紛れもない事実です。
  結果としては杞憂に終わったわけですが、未だに不安は残っています。Aqoursが、Aqoursにしかない価値を生み出してくれることを切に願うばかりです。


  ……今、ぼくの耳にはSTART:DASH!!が流れています。三人の。

「またひとつ 夢が生まれ…」

  μ'sという光から、Aqoursという一つの新たな夢のつぼみができました。それが無事に花開くのか、ぼくにはまだわかりません。
  このコンテンツ過多の時代、供給を終えたものは否応なく風化するものです。μ'sの名ですら、決して永遠に輝くものではないでしょう。星がそうであるように、どれほど巨大な光であっても、いずれは衰え、掻き消されるものです。
  新たな世代たるAqoursが「サンシャイン」の名に恥じない輝きを得ることを、この世界の片隅でひっそりと祈ります。

  ……美文で〆るのは性分に合わないので、最後の最後に忌憚なき腹黒な本音を言わせてもらいます。
  冒頭でも述べましたが、これは「主張」でなく「感想」です。この文章に対して「自分はここをこう考えています」という「意見」をして頂くのは有意義ですし、共感できたらそれを積極的に取り入れるつもりです。
  ですが「ここはこうじゃないのか」といった「批判」や「反論」の類いは、残念ながら筋違いです。ぼくは議論をしているのではありません。あくまでも、自分の考えを表明しているに過ぎません。それに対して、どう思うかはぼくの知ったことではないですが、その考えを「押しつける」ことだけはやめてください。不愉快です。
  この辺の微妙なニュアンスがどれほどの方に理解して頂けるかはわかりませんが、まあ理解できない方とは、残念ながらこちらもお話しできないだけの話です。
  ぼくはめんどくさがりで、不戦主義者です。争いの火種には、不用意に近づかないべきでしょう?  違いますかね?


  それでは、また何かの機会にお会いしましょう。最後まで読んでくださった、全ての方に惜しみない感謝を。


Presented by HImagine
2017/5/12

暇人の与太話

  自分が何からどういう影響を受けて、毒にも薬にもならないような文章だとか小説もどきだとかを書くようになったのか、思い出すことはなかなか難しいのですが、ぼく自身が読書を好み、本とか文章に親しんできたというのは、まあ一因ではあるのでしょう。そういう意味でぼくは、本をたくさん買い与えてくれた両親に感謝するべきでしょうし、そうするに吝かではありません。
  と、回りくどく親のありがたみを感じたところで、どうもHImagineです。こんなもん書いてる暇があったら、にこまきSSの一つでも書いた方が生産的だと怒られそうですが、物語を生み出すというのは、また別のエネルギーを使うものなのです。少なくともぼくに関しては。
  今回は、何となく何かが書きたくなったので、何とはなしに徒然なるまま最近の思考を垂れ流すだけです。普段つぶやいてるのとは若干違うHImagineが……いるのかなあ?


  与太話そのいち。
  読みたい本が手元になくなったので、久しぶりに『涼宮ハルヒを読み直してました。思えば、自分が初めて手にしたラノベシリーズがこれであり、ある意味では自分の「原点」と言えるのかもしれません。ぼくが書く文章の基礎は西尾維新先生、ことに『戯言シリーズにあると思っていたのですが、それだけでもなかったのかもしれません。
  ところでこのシリーズ、様々な学園ものの基礎を作った伝説級の作品ですが、内容についてはほとんど模倣できてないんですよね。学園内の奇妙な組織と、そこになし崩し的に加入する主人公……という「形」だけが受け継がれているというか。
  やはり若年層にガチすぎるSFは受け入れづらかったのでしょうか。ぼく自身は谷川流先生の時間理論、好きなのですが。
  誰かが次世代のハルヒ、書いてくれないかなあ……。

  与太話そのに。
  ぼくが本格的に、音ゲーというものに手を出し始めてそろそろ一年が経ちます。だから何だという話ですが、例えばCHUNITHMの話をすれば、10ヶ月で百円玉を700枚使ったと言えば、ぼくの気持ちが少しは理解していただけるでしょうか。
  お陰様で、財布の中身は基本的に空気だけという素敵な状況です。とはいえ、後悔はしてません。悔いるにしても遅すぎますけど。
  CHUNITHMを始めた当時、ぼくには本気で取り組めることがありませんでした。ラブライブというコンテンツに対する姿勢やTCGに対する姿勢、そして自分の「多趣味」への負い目など、当時のぼくはそこそこ不安定だった気がします。リアルでも色々ありましたし。
  そういう状態のぼくに、親しみやすく熱中できるものとして、音ゲーを提示されました。結果としてそれが、ぼくにどういう影響を与えたのかは……まあ見て判断してください。

  与太話そのさん。
  ぼくの今後のTwitterについての話になります。告知的な側面も強いですね。
  かれこれ「HImagine」という存在は2年近く、皆さんのお陰で生きてこれました。中坊の時に考えたくだらん名前を、色んな方に知って頂けたことは、ひねくれたクソガキでしかなかった昔の自分には考えられないでしょう。
  ありがとうございます。
  Twitterの方でも少し言いましたが、今年はリアルが多忙になることが予想されます。ですので、浮上率が昨年以上に減ることをご容赦ください。
  もちろん、たまに生存報告はする予定ですので、その時には相手してやってください。万が一、死んでしまった場合は……心ばかりの弔意をお願いします。


  こんなもんでしょうか。
  青春の煌めきをドブに捨て、明るい未来なんてないと嘯いた人間も、現実という檻からは逃れられないという「現実」に打ちのめされながら生きてます。そんなちっぽけな存在を、これからも生温い環境で優しく包んで頂けるなら、人間冥利に尽きる思いです。
  これからもHImagineを、どうかよろしくお願いします。


Presented by HImagine
2017/1/7

愛臓詩篇

大好き。
貴女が大好き。
この気持ちがあれば、もう他には何もいらない。

その白い肌が好き。
その細い指が好き。
その紅い唇が好き。
貴女の全てが愛おしい。
貴女の教えてくれた「好き」が、私の全てを塗り潰してしまうほどに。

いつからだろう?
私は貴女が欲しくなった。
貴女の全てを、私はまだ知らない気がして。
私は貴女を愛しているのに、私が貴女のことを余りに知らない。
怖い。とても、とても怖い。
私は貴女を愛するに足るの?
こんなにも美しくて素晴らしい貴女を、私が愛する資格はあるの?

私は苦しんだ。
足掻いて、藻掻いて、無様に惨めに這いずって――私は気づいた。
《貴女が私に不釣り合いなほどに素晴らしい存在なら》
《私が貴女になれば――そうすれば、私はいつでも貴女と共に在れる》

その日から、私は貴女になろうとした。
まずは足の小指を。
次に薬指を。
中指を。
人差し指を。
親指を。
順番に一つずつ切り取って、貴女の食事に入れていく。
気づかれないようにミンチにした私の指は、日毎に貴女の血肉となって混ざり合う。
貴女が食事を口に運ぶ度に、私は悦びで身を震わせる。

これが、一つになっていく感覚。
これが、大好きな貴女の一部になっていく幸福。
こんな幸せな気持ちは、産まれて初めて……。

そんな幸せなある日。
貴女は、もう私のモノじゃない私の足に気づく。
私は車椅子で、太ももから先は貴女にあげてしまっていた。
どうしたの、と泣いて私に抱きつく貴女をたまらなく愛しく思いながら。
私は大好きな貴女に笑顔になってほしくて。
《大丈夫です――これは、幸せな痛みだから》
《私はもっと幸福になるために、きっと身を削るでしょう》
《だからもし、私が耐えられずに死んでしまったら――》
《私を、食べてください》

貴女の涙は止まった。
でも、きっとそれは幸福によってではない。
私には解る。解ってしまう。
貴女を誰よりも見てきたのは、私だから。
貴女は私を理解できないような目で見た。
そんな目を、私はさせてしまった。
だから私は、とても哀しくて、辛くて、そして罪深い存在で。
私が貴女を食べることにした。


大好き。
貴女が大好き。
この気持ちがあれば、もう他には何もいらない。

……たとえこの身が、悪と血と罪に穢されようと。
私は知ってしまった。
誰かを愛する哀しみを。
誰かを愛する苦しみを。
誰かを愛する――悦びを。

その白い肌が好き。
その細い指が好き。
その紅い唇が好き。
貴女の全てが愛おしくて。

その白い肌を裂き。
その細い指を折り。
その紅い唇を噛み。
貴女の全てを貪り食らう。

(ノイズの中)
(嫌)
(痛)
(悪)
(殺)
(呪)
(嫌)
(嫌)
(嫌)
(嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌)

全てが終わった後。
私は食べ残しも、吸い残しも出さないよう部屋を綺麗にする。
貴女と完全に一つになれるように。
貴女をもう二度と離さないように。


それから、どれくらい経ったのだろう?
私は唐突に、猛烈な腹痛に襲われた。
苦しむ最中、私の視界に映ったのは、小さな人間の頭と、穴が空いた私の腹。
……私は幸せ。
《やっと……やっと産まれた……! 私と貴女の、子供……!》
幸福と血液に溺れながら、涙する歪んだ私の顔を。
その子は、虚ろな空洞でじっと見つめていた。



"Lovers Meet as Meat"
2016/6/14
Presented by HImagine

ファイナルライブLV所感


  まずはじめに、伝えておかねばなりません。これは「HImagine」という、対外的な殻もといキャラを脱いだ、ちっぽけな一人の人間によって書かれています。一人称「ぼく」をはじめとする「HImagineっぽくなるような」作為的な文章の操作は、この文章を書く上でふさわしくないと考えたためです。
  こういった形で『ラブライブ!』に関する文章を書くことは今までなく、またこれからもないと思います。だからこそ、今自分が抱いている気持ちを、できるだけ素直に、正直に伝えたい。そのために、今だけは自分を「HImagine」と切り離します。
  もし自分が今回のライブに当選していたなら、Twitterなどで同志を募って一緒にドームに行っていたでしょうし、「HImagine」としてライブの感想を書いていたことでしょう。
  しかし、誰一人知り合いのいないLVで、自分は単なる一人の「ラブライブが好きな奴」でしかありませんでした。そんな自分に書けるのは、不器用で体当たり的な文章だけなのです。
  長い前置き、失礼しました。以下より感想となります。

  主に伝えたいのは二点です。ライブでどんなことをしたかとか、そういうことは実際にライブに行った方の話を聞いてください。ここではあくまでも、自分がLVで感じたことを羅列するに過ぎません。
  まず一つ目。謝罪です。
  自分は「ラブライバー」をなめていた。所詮LVと高を括っていた。
  ごめんなさい。自分が間違っていました。何の用意もせず、サッカーの応援を居酒屋でするような感覚ではダメだった。結局自分が光り物を振っていたのはスノハレの時だけでした(サイリウムを貸してくれた隣の方には果てしない感謝と謝罪を捧げます)。
  コールの仕方も見よう見まね、手には何も握っておらず、一応着てきたTシャツ姿にも結局なりませんでした(一番くじのラストワンです)。
  はっきり言いますが、情けなかったです。悔しかったし、何度も「もう出ようかな」と思いました。でも自分の姿がどんなに残念でも、ラブライブを好きでいる気持ちまで失いたくはなかった。そう思い、自分は最後までバルト9に居続けました。
  自分は「ラブライバー」と言えるのでしょうか? μ'sという奇跡をほとんど知らない自分が「μ'sのファン」を称していいのでしょうか?
  わかりません。わかりませんが――少なくとも。自分はこの『ラブライブ!』が、とっても大好きです。
  二つ目は、感謝です。もちろん、それはμ'sの18人と『ラブライブ!』というコンテンツに向けたものです。
  自分は、ラブライブにハマる以前はとても閉鎖的なオタクだったので(Twitterとかもやってませんでした)、イベントに参加しにいくことなどありませんでした。ライブもLVも行ったことありません。
  ですので当日まで「ライブってどんな感じなのか」もさっぱりわかりませんでしたし、知ろうともしてませんでした。テレビで(中の人の)μ'sは見たことありましたが……。
  でも、このライブはすごかった。μ'sの歴史の12分の1しか知らない自分が、μ'sの6年間の全てを、初めて見たんです。
  感動した。カッコ良くて可愛くて、素晴らしかった。色んな人の愛と情熱を知って、自分の世界の狭さを改めて痛感した。
  ……幸か不幸か、自分の人生はまだ長いようです。いつか自分も、最初から最後まで一緒に駆け抜けていける、そんなコンテンツと出会いたい。そしてそれを、色んな人と一緒に分かち合いたい。
  これほどまでに、自分の人生に影響を与えたコンテンツは初めてでした。本当に、心からの「ありがとう」を伝えたいと思います。

  本当はもっと、書こうと思えば書けます。でもやめておきます。これ以上情けないことを書いても、読み手だってそんなの嫌でしょう? だから、しみったれた自分を晒すのはこれでおしまいです。
  今、終電に乗りながらこの文章を打っているうちに、今日までにあった色んなことを振り返ることができました。そういう機会を持つことができて、良かったと思います。
  最後に。
  LVでの詳しい出来事やライブを見た具体的な感想が聞きたいとか、この文章に対する感想や意見とかがありましたらTwitterで受け付けます。きっと「ぼく」ならば、それなりに真剣にうまーく答えてくれるでしょう。
  こんな乱雑で冗長な文章を、ここまで読んでくれた全ての方に限りない感謝を。


2016/4/1
Presented by ???

単一的視点と多面的自己

  ぼくのような人生を送っていると、自分の「本質」と言いますか、そういうところが割と曖昧としてくるなぁと日がな思っています。HImagineです。
  こういうテイストの、ぼく個人の考えを書いていく文章を書くのは久しぶりで、勝手を忘れている感じなんですが、まあその内思い出してくると信じて進みたいと思います。ぼくが一番、信用ならないと考えているのは他ならぬぼく自身なのですが。

  先ほど「本質」の話をしましたが、そもそも人間に「これだ」と言えるような「本質」とか「核」みたいなものってあるんでしょうか? いや、もしかしたらあるのかもしれませんけど、人間って、そんな一言で表せるような単純なものなんですかね? ぼく個人としては、何か嫌なんですが。
  人間――というか、人間性あるいは人格――って、色んな要素が合わさって出来てると思うんです。解りやすさ重視でぼくを例に挙げますけど、ご存知の通りぼくは多趣味です。ぼくは「ラブライバー」だったり「ごちうさ難民」だったり「ジョジョラー」だったりする。もちろん、それら以外の存在でもあります。
  ですがそれらの要素は、若干自分でも矛盾に思いつつも、まあ一応は「HImagine」という一個の中に在ります。ぼくにしてみれば、その全てが「ぼく」であり、そこにあまり優先順位とかはなく、仮にあっても、それはかなり流動的なものなんですよね。何かのきっかけで簡単に入れ替わってしまう。
  確かにぼくは、他人に輪をかけてたくさんの作品が好きです。ただ、人間一人を語るのに「一言」で済んでしまうなんて、おかしい。違いますかね? 散り散りのアイデンティティはまずいですが、かと言って固定化された「個性」を頑なに保つと言うのも、また無理がある気がします。

  しかしながら。
  得てして人間は、他人のある一面だけを切り取り、それを「個性」として固定化して……月並みな表現ですが、「レッテルを貼る」ということをしますよね。「様々な視点から物を見よう」「広い視野を持とう」なんて言っても、それができれば苦労しません。こういう言葉は「できない」からこそ言われるものなのですし。
  ならば、この生きづらい世間でぼくらはどうすれば良いのか?
  ここからは私見ですが――必要なのは「自信」だと思います。「私とはこういう人間であり、私はこれで良いのだ」という自己肯定。それを持ち続ける限り、周囲の目によって自己が殺されることはないはずです。
  多様な自己を認めること。他人が信じてくれないなら、自分で自分を慰めるしかないでしょう?
  それが虚しいソロプレイだろうと、続けていれば、いつか誰かと解り合える。人と人とは惹かれ合う。そう思ってなきゃ、生きるなんて面倒なだけになってしまう――そんな気がするのは、ぼくだけなんですかね?

  ……何だか感傷的な文章になりました。おかしいな、もっとブッ飛んだことを冷静に語るのが、ぼくのスタンスだった気がするんですが。
  まあ所詮、全ては変化し続けるのですから、これもまた一つの諸行無常なのでしょう。それを虚しいと断ずるか、愉快と受け入れるかは人それぞれ。その価値観だって、いつかは変わるものなのですから。


2016/1/19
Presented by HImagine